そんなキャッシングをイマドキの大人女性の皆様に
信用収縮と景気後退の悪循環 株価暴落に伴う自己資本の毀損を、このような自己資本の定義の拡張で補っても、なお日本の銀行は自己資本比率規制を守るのに四苦八苦した。
株式の含み益が消えただけではなく株式の含み損や売却損が拡大し、また不良債権が再膨張してその償却、貸倒れ引当金の有税積み増し、割引して市場に売却する際の損失などが増加した。
その結果赤字が拡大し、自己資本が減少したからである。
やむを得ず銀行がとった対策は、「貸し渋り」や「貸しはがし」による貸出残高(自己資本比率の分母)の圧縮である。
これが中小企業を中心とする倒産を一段と増やし、更に景気後退を加速した。
その景気後退がまた株価下落と新規の不良債権を発生させた。
まさに信用収縮と景気後退の悪循環である。
BIS規制は典型的に「プロサイクリカル(景気変動増幅的)」な規制であり、不況を激化させる方向に作用した。
BIS規制は、本来国際的に活動する銀行に対する八%の自己資本比率規制であったが、悪い事に、日本の金融当局は、国内の銀行に対してもBIS規制に準じて四%の自己資本比率規制を課した。
これが信用収縮と景気後退の悪循環を広範な動きにしたのである。
このような大きな犠牲を払ったBIS規制の導入であったが、本来の目的である金融システムの安全装置としては機能していなかった。
これを裏付ける興味深い実証研究がある。
Y氏は自己資本比率と銀行リスクの間に正の相関関係があることを見出した。
つまり、自己資本比率が高い銀行ほど潜在的に倒産する可能性が高いと言うのだ(11)。
確かに、北海道T殖銀行の自己資本比率は、破綻する半年ほど前までは、都市銀行中最高の九・三四%であった。
N長期信用銀行は破綻する半年前に一〇・三六%、N債権信用銀行は破綻する三ヶ月前に八・一九%であった。
また二〇〇三年には、A銀行の自己資本比率が監査法人の繰延税金資産の否認によって、四・五%から一挙にマイナス〇・七%に落ち、倒産した。
このことから分かるように、BIS規制の自己資本比率の定義は形骸化しているので、実態の悪い銀行ほどドレッシングをして高く見せる。
個々の資産のリスク評価も恣意的に行われることがある。
BISの国際官僚は、銀行経営に対する行政介入を強めるのではなく、資産・負債の開示を推奨して、あとは市場規律に任せるのが本当は正しい。
前述の倒産した銀行が危機に瀕していることをいち早く示していた指標は、行政が作った自己資本比率ではなく、「株価」という一種の「市場規律」であった。
このBIS規制は、後に「米国発の金融危機の衝撃」で述べるように、今回の米欧の金融危機の原因を形成する上で一役買った。
何故なら、BIS規制があるために、銀行は膨張する住宅ローンを証券化して自己資本比率の下降を防ぎ、そのシワ寄せは、BIS規制の対象外の投資銀行、ヘッジーファンドなどに向かい、少ない自己資本でその何十倍もの証券化商品、派生商品の保有を増やす「ハイーレバレッジのビジネスーモデル」を生み出すことにより、金融システム全体の不健全化を招いたのである。
一九九七年度以降の経済破綻は予見されていた 以上のように、九七年度の超緊縮予算が二年間累計三・四%のマイナス成長を引き起こしたため、財政赤字は倍増し、「平成金融恐慌」が発生して信用収縮と景気後退の悪循環を招き、企業経営は○四年まで設備・雇用・債務の三つの過剰に悩まされ、経済は低迷することになったのである。
一体、このような政策の大失敗は、何故起こったのであろうか。
当時、私は最大野党新進党の衆議院議員として、九六年暮れの臨時国会で一回一二月九日)、翌九七年の通常国会で二回二月二七日、三月一〇日)、計三回、予算委員会で当時のH総理大臣とM大蔵大臣に質問する機会があった。
九七年度予算の政府原案を実施に移せば、日本経済は深刻な景気後退に陥り、不良債権問題が表面化して金融危機が発生する恐れがあると再三指摘した。
しかし、総理と蔵相の答弁は、財政再建(当時「財政構造改革」と呼び、そのための「財政構造改革法案」が国会に提出されていた)はギリギリの待ったなしの所まで来ており、多少景気を犠牲にしてでも財政赤字を縮めなければ大変なことになる(実際は九六年時点では、日本の政府債務残高対GDP比率は欧米諸国に比し遜色はなかった)、国民の不安を煽るような金融危機の話はしないで欲しい、の一点張りであった。
この超緊縮予算を執行すれば、景気後退でかえって財政赤字が増えるという指摘も、住専問題は大きな不良債権問題の氷山の一角であり、景気後退が起きれば信用組合だけではなく、全ての金融業態で経営悪化が深刻になるという指摘も、まったく耳に入らないようであった。
官僚の情報操作に支配された政治 後になって、H総理やK官房長官(当時)が述懐したところによれば、当時H内閣の閣僚たちは、総理を含め、経済企画庁(当時)が作った楽観的な九七年度経済見通しと、住専を処理すれば残る問題は信用組合の経営だけだという大蔵省(当時)の説明を鵜呑みにしていたのだと言う。
まさに「官僚主導型政治」の典型的な事例である。
二〇〇〇年三月二九日の『A新聞』朝刊の記事によると、「平成金融恐慌」が勃発してしまった後の九八年一月になって、H総理は不良債権の総額がそれまで聞いていた額の三倍の約七六兆円であることを大蔵省から聞かされ、愕然としたと言われる。
官僚の情報操作に乗せられた与党の政治家が、野党や一部の識者の声に耳を貸さず、日本経済を台無しにするような大失敗を犯したのである。
何故官僚たちは、ここまで情報操作をしたのであろうか。
大蔵省の金融行政は、戦前のK大蔵大臣の国会での不用意な発言が昭和金融恐慌の引き金になった失敗に鑑み、伝統的に深刻な金融問題を隠す体質を持っていた。
金融危機の実態を隠しながら、経営の悪化した金融機関を優良な金融機関に合併させ、合併先が見つからない時は大蔵官僚OBをトップに送り込んで解決を先送りし、景気回復によって好転するまで隠し続けた。
こうして金融行政の「無謬性神話」は維持されて来た。
九〇年代も真実を明らかにしないという意味で、同じ手法をとっていた。
住専処理と称して住専に公的資金を投入したが、実は住専ではなく、農林系統金融機関の救済が目的であった。
この公的資金で住専に対する農林系統金融機関の不良債権の返済を可能にして農林系統金融機関を救い、そのあと住専は見殺しにした。
また信用組合にのみ公的資金を注入する体制を作っただけで、あとは大丈夫だと説明して先送りしようとした。
しかし、財政再建最優先の九七年度超緊縮予算を組むことによって、大蔵省は自ら墓穴を掘った。
自ら引き起こした二年間のゼロ成長とマイナス成長という深刻な景気後退によって、株価暴落と不良債権の再膨張を招き、金融機関の経営悪化は先送り出来ない域に達した。
そして遂に大型金融倒産という形で火を噴いたのである。
そうなるまで隠し続けた動機は、過去の金融行政の失敗が明らかになるのを避けたかったという行政の「無謬性神話」への固執があったからかもしれない。
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